ここで、がんの治療成績のお話しをしましょう。なぜなら、皆さん、“がん”にかかったら、これから自分が受診しようとする病院の「実力」を知りたいと思うはずです。自分の身体を預ける信頼できそうな医療機関を探し出して受診しようと考えるのは当然の心理です。では、その治療施設の「実力」を表す指標として「治療成績」はやはり気になります。週刊誌なんかにも時々“病院治療成績ランキング”といった感じで特集を組んだりしてますしね。
ここではがん手術の治療成績を例にとって見ていきます。手術の治療成績は一般に術後5年して生き残っている患者さんが何%いるかを表す5年生存率(5生率)が良く使われます。せっかく手術をするのなら、少しでも5年生存率のいい病院で、と考えるわけです。
さて、この5年生存率の善し悪しに与える因子を思いつくままに列挙してみると、手術が行われた時期、手術症例数、性差、組織型、病理病期、手術因子(術式)、手術の技術、患者背景、集まる患者の傾向やばらつき、手術の治療方針・適応、術後経過、術後補助療法の内容など、思いつくだけでもいろいろ出てきます。医療施設間の治療成績の差は単に臨床的手技上の問題だけではないということになります。治療成績のいい医療機関は総合的に5年生存率を上げる様々な因子がそろっていると解釈できそうです。
と、まぁ、ここまでは表のお話し。実は、5年生存率の計算過程に影響を与えるとても重要な因子があります。その因子の重要性に比べたら、前に列記した諸因子の影響なんて正直、大したことありません。
5年生存率を算出する上で、一番大切なのは、“治療後の患者さんがどうなったか”つまり、治療後に「生きているか亡くなっているか」を正確に知ることなのです。もう少し詳しく述べると、患者さんは癌の再発なく存命(無再発生存といいます)なのか、あるいは再発して闘病中(担癌生存といいます)なのか、また、亡くなられた患者さんに関しては、癌で亡くなられた(原病死といいます)のか癌以外の他の原因で亡くなられたのか(他病死といいます)。
日本人の死因は“がん”だけではありません。日本人の多くは、脳卒中・心臓疾患・癌のどれかで亡くなりますから、治療後の患者さんが必ずしも癌で亡くなるとは限らないのです。以上の様な内容を調べ上げることを「予後調査」あるいは「追跡調査」と言います。
「治療後の患者の生死を把握できていることは手術をした医者として当たり前の話だろう」、と一般には思われるでしょう。治療後の患者さんの生死の正確な把握が結構大変なことかは後述しますが、まずは、“正確に”患者さんの予後調査ができていないと生存率が実際にどの様に変化するかを見てみます。
ここで、悪性胸膜中皮腫という悪性度の高い悪性腫瘍を例に取ります。下図は、14例の悪性胸膜中皮腫手術症例の術後生存率を計算したモノです。悪性中皮腫はアスベストとの関連がメディアで報道されたのでご存じの方も多いでしょう。
実線は適当な予後調査、点線は正確な予後調査を行って計算した5年生存率です。5年生存率46%と21%では随分違います。かたや2人に1人近くは治り、かたや5人に1人しか治らないとなります。どえらい違いです。決して、この数値は異なる医療機関の成績の差ではなく、同じ医療機関の同じ症例で計算したモノです。何故、このような差が出るのでしょう。
術後の患者さんの消息ですが、外来に通院してくる患者さんは、ご存命です。当たり前です。問題は、外来に来なくなった消息不明の患者さんです。存命なのか亡くなられているのか、喉から手が出るほど欲しい情報です。通院しなくなった理由は、必ずしも亡くなられたとは限りません。家が遠いためや、引っ越し、主治医と相性が合わなかったとか、主治医に愛想つかしたり等の理由で通院しなくなったのかもしれません。
テキトーな予後調査は、この行方の分からない患者さんを“生きている”と医者が勝手に想定して計算します。オレ様が手術したのだから今も生きているに決まっている!とするわけです。さて、既に亡くなられているかもしれない患者さんを“存命”として計算するわけですから、生存率はよくなります。予後調査は正確にやればやるほど、生きていると想定していた患者さんが既に亡くなっていることがハッキリしてきます。患者さんが亡くなることが判明すると当然、生存率は下がります。
言い切っちゃお・・・生存率は低いほど信頼できる、です。
予後調査がどのくらい十分にできているかを追跡率と言います。追跡率95%というと、100人の手術患者さんのうち、95人の生死を正確に把握できた、でも5人は一生懸命調べたけれど結局、消息不明だったという意味です。予後調査は正確にやればやるほど、生存率の正確性が増しますので、追跡率が高いということは、それだけ生存率の信頼度が増すということです。追跡率が高いということは、自施設の生存率の信用が高いと言うことのアピールになります。
私が学んだ、癌研病院には「調査課」という課があります。予後調査を専門的に、完璧に調べ上げてくれるセクションです。たとえ、外国に移住しても追跡可能だとか・・癌研病院の様に全国から患者さんが集まってくる病院では、癌研での手術が終わると、地方に帰っていく患者さんも多く、また、不幸にして再発した場合、地元の病院で後治療を受ける患者さんも多いのです。
ですから、患者さんの予後を徹底的に調べるための役所なみのシステムが存在します。多くの医療施設は、癌専門病院のような調査課を持っていませんので、患者さんの予後は、医師が仕事の合間に、自力で調べることが殆どです。では、実際、予後調査はどのくらい正確にできているのでしょうか。
さて、この予後調査ですが、一見なんてことなさそうですが、自力でやるとなると実は結構大変です。
「予後調査なんて、手紙出すか電話一本かけたら済むじゃないか。」
と思われるでしょうが、そんなに簡単なものではありません。
まず、予後調査は最新のモノが求められますから、少なくとも一年に一回は更新しなくてはならない。一年ってアッという間に経っちゃいます。またデータベース(数百人分)全部調べ直さなきゃ・・・と、気持ちがズンっと重くなります。自力で調べる場合、消息不明の患者さんには手紙か電話で消息を尋ねることになりますが、手紙は返信がないことも少なくなく、大抵は電話での問い合わせになります。昼間は自宅が留守のことも多いため、電話のかけられる時間帯は夕方6 時くらいから遅くとも常識的に夜9時くらいまでです。
その限られた時間帯では、1日にアプローチできる患者さんの数は少なく、予後調査は1〜2週間位ですんなり終わるモノではありません。調べる症例数が多いとなおさら無理です。1症例でも欠けるとデータベースに虫食い穴があるような感じがしますので調べる方も多少意地にもなります。転居して住所が変わったり、電話番号が変更になっていたりするとどうにも消息を追い続けることができなくなります。
何とか、身内の連絡先か緊急連絡先の記載がカルテにないかと、昔のカルテを引っ張り出してひっくり返すけど、結局分からずじまい。労力をかけた割に、なにも得られなかった、その時の落胆の大きいこと。また、電話は一度でつながらないことも多く、時間や日にちを変えて何度も電話をすることなんてざら。
時に、ご本人・ご家族から当時の病院や主治医の対応・治療内容についての批判を電話口で延々と聞く羽目になったり。自分が主治医でなかった患者さんの話ですから、内心「俺じゃないから、勘弁してくれ〜」ですが、当時の状況も分からないままひたすら聴き手にまわるだけです。
正直、イヤで泣きそうになります。予後調査は、とにかく手のかかる、一度自分で根詰めてやると二度とやりたくなくなります。予後調査とはそういうシロモノです。
私の経験上ですが、癌専門施設のような専門調査機関を持たない一般医療施設での追跡率は良くて90%前後くらいではないでしょうか。私は、 86%の実際の追跡率を98%として偽って学会で発表している施設を知っています。
「なぁ、あんたのところの追跡率・・あれウソやろ?」
「あっ、ばれた?ツッコまんどいて。」
てのは、オフレコの会話。
もちろんこのような施設は一部です(と思うけど・・)。私は、予後調査に関しては、個々の医療機関の持つシステム的な限界を含有するため、100%近い追跡率を全ての病院に望むこと自体が無茶なことだと思っています。調査機関を持たない病院の場合、追跡率がたとえ90%を切ったとしても恥ずかしいことではない、やむを得ないと感じます。それでも、追跡率を高めに公表するとしたら、その医療機関の「面目(メンツ)」の問題でしょう。やっぱ、追跡率が低いってのは世間的にはあんまり格好いいものじゃありませんからね。心情察します。
さて、いろいろ書きましたが、結局患者サイドとしては、病院の治療成績をどのように御自分の癌治療に反映させていけばいいのでしょう。
簡単です。治療成績は「ふーん」と参考値程度の気持ちで眺めておけばいいのです。
なぜなら、治療成績には前述した予後調査の問題を始め、様々な因子、不確実性が含まれていますから。そもそも、癌治療は、施設とのおつき合いよりも、主治医とのヒトとしてのおつき合いの方が遙かに重要です。病院の治療成績への過ぎたこだわりは、患者さん個人の適切な主治医との出会いに必ずしも繋がりません。病院の選択にあたり、治療成績という表面上の数値に固執すると、時として内容を見誤ることがあることに留意して下さい。