キャンサーフリートピア -がんかけ込み寺- (1)
2007年7月
がんかけ込み寺「フリートピア」
いまや3人に1人ががんに、将来は2人に1人ががんにかかると言われている時代です。こうなるとがんは特別な病気でなく、身近な病気です。身近な病気といいながらもがんの告知を受けた患者さんや、ご家族の衝撃は計り知れないものがあります。
それは、多くは今まで「健康」であった方が心の準備もないうちに「がん」告知を受けるからです。ヒトは、健康なうちは自分が病気になったときのことは殆ど考えることがありません。そのがん告知に伴う衝撃を乗り越え、がんと闘う前向きな気持ちになるためには、がんについて、そしてその治療法について、患者さん側も、知識を持つ必要があります。それをサポートするために、セカンドオピニオン(がん相談)を専門に行うのががん患者さんのかけ込み寺、「キャンサーフリートピア」です。
キャンサーフリートピアには “がん難民”の患者さんが全国から来訪されます。相談の前はうつむき加減でおどおどした患者さんが、相談後は、顔を上げ、何か目標がみつかったという晴れ晴れとした顔で帰られます。治療の行き場に困った患者さんでも、何か解決方法がみつかるはずです。一緒に考えて行きましょう。
納得のがん治療のために・・
まずあなた自身が現在の自分の病気と病態を詳しく知ること(是非抑えておかなくてはいけない所です。)
- “がん”とはどういう病気?
- 何がんの何期?病状の進行状況は?根治は可能か?
- 標準治療は何か?
次ぎに、治療法を考えていくにあたり、以下の点を整理します。
- 根治が難しい状態ならば、延命治療?
- 延命治療とはいえ、根治が少しでも望めるなら副作用の強い治療も望む?
- 延命治療であれば、QOL(quality of life: 生活の質)を落とさない治療を望む?
- 保険医療の範囲での治療を望む?
- 保険外の治療・非標準治療まで望む?
- あなたの人生観・死生観は?
そうすると、自ずと治療法の結論が導かれます。
- 現在の治療を継続
- 現在の治療に付加
- 他の治療法に変える
- 積極的な治療を中止し、体力温存に努める
患者さんの病態・病状・生きがい・年齢・家族・人生観・死生観にあわせて分析・整理し、進むべき道筋を一緒に考える。時には背中をポンと押してあげるのが医師である私の使命です。キャンサーフリートピアはがん患者さんの“羅針盤”となれるよう1人でも多くの方に対応していきたいと考えています。上手に活用して下さい。
がん治療で一番大切な「分かる」ということ
がん治療で一番重要なのは「がんという病気を理解すること」です。なぜなら、治療法の選択は病巣の広がりや状態によって選択されるわけですが、「なぜ、その治療が望ましいのか、あるいは適切と思われるのか」ということは、がんという病気を理解することが一番「なぜ?」に対する理解に結びつくからです。
そのためには、最低限の「腫瘍学」が必要になってきます。キャンサーフリートピアの相談では腫瘍学を通して患者さんのがんに対する理解を深めるところから始まります。がんに対する悩み・疑問なども「腫瘍学」を事前に説明の中で聞いているか否かで、患者さんの理解度は大きく変わります。患者さんはがんのことが「分かって」始めて自ら治療法を「選択」でき、「納得」した治療へと向かうことが出来るのです。
「腫瘍学」は「学問」として独立しているくらいですから、本来その学問体系は多岐にわたり、一朝一夕に全てを患者さんに伝えることはもちろん不可能です。しかしながら、患者さんが自分のがんの全体像をつかむ、理解を深めるために必要な腫瘍学は、大学の授業で教えているような細々としたことは必要ありません。というより、かえって患者さんの理解に混乱をきたします。
では、患者さんにがんという病気を理解して頂く最初で一番重要な腫瘍学の根っことはなにか?まず、何を伝えるか?それは、「がん病巣ががん細胞という細胞の集まりである。」ということを「分かってもらう」ことです。全てはここから始まります。
「何だ、そんなことか。」
と一笑に付す医師がいたとしたら、そういった医師の患者さんへのがん治療の説明の稚拙さが逆に想像できると言ってもいいでしょう。
患者さんの多くは、主治医からCTやMRIなどの画像だけを見せられるため、がんという病気をただの立体的な「塊」として認識しています。私が、口頭で「がんはがん細胞の集まりなのですよ。」といっても
「なるほど・・・」
「はぁ、そうですか・・・」
といった返答は返ってきますが実際には患者さんにはイメージ出来ていません。
つまり、口頭だけでは医者の「言った」という既成事実のみが残っているだけで「伝わっていない」のです。しかしながら、考えてみれば、患者さんはがん細胞なんて実際に見たこともないわけですからコレは当たり前です。医師の中にも口先だけで「がんはがん細胞のあつまり」と言っているだけの連中はごまんといるくらいですから。
そこで、キャンサーフリートピアでは、患者さんと一緒に病理のプレパラートを検鏡できるシステムを導入しました。手術前であれば私の持っているサンプルのプレパラートを、手術後であればご本人の手術材料のプレパラートを一緒に見るといった具合です。「がんはがん細胞の集まり」という一番重要なことが「分かっていない」と患者さんの「がんの理解」全てに支障をきたします。ですから、「百聞は一見にしかず」です。
効果は予想以上でした。
「はぁー、コレががん細胞ですか・・初めて見た・・・コレが身体の中で増えているのですね・・」
「えー、がんってこんなに小っちゃなものの集まりなのですか?」
など反応は様々ですが、皆一様に一瞬にして目で見て、初めて戦う相手が「分かる」のです。中には、
「なるほど、この中のがん細胞の1つが飛んだりして、転移の芽になるのですね・・」
などと私が転移のメカニズムの話しをする前から自ら転移のメカニズムの核心にたどり付く方もおられます。
いま、セカンドオピニオンという言葉はすっかり市民権を得たようです。多くの病院でセカンドオピニオン外来が出来てきています。それはそれで時代の趨勢なのでしょう。しかしながら、御自分のがんという病気の本質を患者が理解するための腫瘍学の提供がないまま、医師は病状の把握・確認・治療方針の提供といったものをしているに過ぎないことが多いのです。
そのことは、大学病院やがん専門病院などのセカンドオピニオンを聞いた後にキャンサーフリートピアを来訪された、患者さんの面談後の反応・表情の変化を見ていれば自ずと分かることと自負しています。
キャンサーフリートピアの目指す医師像|
-がん患者さんの羅針盤として-
私は長年、外科医として働いてきました。外科医というのは、本来がん病巣を切り取る「職人」としての技量が問われる世界の住人です。私も外科医として、師を求め、選び、その技術の吸収・実践に努めてきました。
ブラックジャックは漫画の世界の話と笑い飛ばしながらも、手術で何でも治すブラックジャックは「外科医の深層意識の師」です。実際、多くの外科医にとってそうではないのでしょうか?私は、手探りで、時にメスハングリーになって「腕試し」の様な手術に手を出しながらも外科医のあり方を模索してきました。
ところが、癌研での研修を通したあたりから、自分の中でこだわっていた「外科医のありかた」に対する縛りが解け始め、別の医師像が見えてきたように思います。「手術は治療の一手段であって目的ではない。」そんな当たり前のことを今さらなに言っているんだと怒られそうですが、「手術が巧くなりたい。」あるいは手術が多少こなせるようになって「手術が面白い・楽しい。」という時期におちいった手段と目的の逆転現象です。
「外科医なんだから手術で治さにゃ」と何でもかんでも「手術」というフィルターを通してでしか物事を考えられない、手段と目的が逆転したままの偏狭外科医が少なからず存在することを考えると、私は比較的速く気が付いた方ではないかと自負しています。
また、がんという病気の本質が“細胞の病気”であるが故に、がん手術の予後は本来、術者の熟練度は関係がない(器用な外科医だろうが不器用な外科医だろうが、また、偉い先生だろうが若い先生だろうが、ともに同様の根治手術がなされた場合という意味です)、つまりがん手術はもっと現実的なもので、天才ブラックジャックは存在しないということに気付き、「ブラックジャック教」の呪縛から解かれたのも幸いしました。
現時点の医学において、手術ががんに対して最も有効な治療法であることは事実です。そして、私が外科医として、その手術の二面性、つまり良いところも悪いところも体験している・知っている・見てきたというのは「がん治療」をコーディネイトする上で強い利点を感じます。
手術を喜んで受ける患者さんはいません。切らないですむなら切らないで済ませたい。私自身は注射・点滴どころか、採血をされるのですら大嫌いです。 “だって、痛いから。” でも、医師の立場として、患者さんには行っているのです。
しかしながら、自分に対していやなことをヒトに要求するときは、自分がされた立場に置き換えて「行為の必要性」をよく考えることが大切です。
ですから、「コレは、治療として手術がいい適応だ。」と思った時点でもう一度、心の中で「チョット待てと」ブレーキをかけて、「このがん、切るべきか切らざるべきか」と再考することにもしています。全体の治療の中で、手術をという治療手技の1つを冷静に見つめるニュートラルな位置に自分を置くことが大切だと思っています。
そこで、キャンサーフリートピアの目指す医師像・・・
私はがんの治療に携わる医師は外科とか内科といった診療科にとらわれない、診断、治療、治療後の生活やアフターケア、そして究極的には死まで含めたがん医療を、トータルに考えられる「オンコロジスト」、そして患者さんの「羅針盤」として機能する医師を理想としています。その理想像を目指して、邁進の日々です。