国民皆保険制度は、日本が世界に誇る医療システムです。日本では病気になったときに日本国民が一様に「誰でも」、「いつでも」、「どこでも」、「必要なときに」医療の提供を受けることが出来ます。最近ではこの保険制度の改正案がさかんに国会で議論されてはいますが、いずれにせよ、国民皆保険制度は先進国の中で最も安い技術料・医療費で世界一の実績と恩恵を国民にもたらし、日本を世界一の長寿国せしめたシステムといっていいでしょう。
ところが、よくよく見てみると不思議なところがあります。資本主義・自由経済社会であるはずの日本の中で、唯一医療のみが厚生官僚の作った政策のもとに絶対的な統制を強要されているのです。つまり、日本では医療に係わる何もかもが国・官僚が決めた規則に従うという国家統制・社会主義的体制のもとで行われているのです。
具体的に挙げると、診察・検査・薬の処方・手術やガーゼ交換などの処置の値段、入院費用や人員配置・病室の広さ、患者さんの自己負担の割合・毎月払う保険料など、細かいものまで挙げていくと正直、目が回ります。このような、統制された料金制度のもとで、多くの医療機関は病棟を建て替えたり、新たに造ったり、医療設備を整えたり、従業員を雇って患者さんの診療にあたっています。
このように、病院が患者さん1人あたりから得られる治療費は固定されているワケですから、病院の経営という立場から考えるとある程度、患者さんの数をこなさないと病院経営そのものが成り立たないということになります。「3時間待ちの3分診療」と揶揄されますが、実際に患者さんの数をこなす形で診療しないと病院の経営そのものが成り立たないということを、そしてそれは、今の保健医療システム故の現実であることは知っておく必要はあります。
ここで、簡単な計算をしてみましょう。午前中の外来の時間が朝9時から昼の12時までの3時間としましょう。午前中に20人の患者さんの診察をするとしたら、180分/20人ですから、1人あたりの持ち時間は9分です。ところが、この1人の持ち時間の9分がまるまる担当医と患者さんの対話の時間に使われるわけではありません。9分の中で、医師はカルテを書いたり、画像の確認、薬の処方や検査の指示出し、次回外来日を決めたり、紹介状を書いたりなどの時間も必要ですから、実際、患者さんの目を見てお話の出来る時間というのはさらに短くなります。患者の多い人気外来ではますます診療時間が短くなります。
限られた時間の中で、多くの患者さんの診療をしようとすると1人あたりの診療時間が短くなるのは「自明の理」と言えるでしょう。仮に午前中に10人しか外来患者さんがいないとしても1人の持ち時間は18分です。やはり医師とじっくり、ゆっくり、お話なんて夢のまた夢です。医師の側も限られた時間で患者さんを診るためにどうしても機械的に、時に話しの長い患者さんなどは適当なところで話しを切り上げて、追い立てるようにさばいて行かなくてはならないのです。実際、私も、「次の○○さんは話が長いぞ・・・どの辺で話を切ろうかな・・・」などと考えながら外来診療を行っていたのを白状します。
