分子標的治療薬「イレッサ」が2002年に発売されてから、約5年が経ちました。その間、副作用死のことでメディアが随分騒いだ曰く付きの薬で、ご存じの方も多いでしょう。
ただ、イレッサを使用している臨床家として言えることは、「効く」患者さんには本当によく「効く」、ということです。イレッサのsuper responderが存在することは確実で、それは多くの臨床家が経験していることです。 当クリニックに来られる患者さんは「アジア人で、腺癌で、女性で、タバコ吸ってないヒトに効くんでしょ。あと、何とかっていう遺伝子も絡んでるんでしょ(EGFR変異のこと)。」、とイレッサについては詳しい方が多いようです。
一般に、喫煙者肺癌にはイレッサは効きにくいといいますが、最近、重喫煙者の男性肺腺癌(いずれも病期IV)でイレッサがバカ効きした、患者さんが立て続けに2人居られます。お二人とも雪吹雪のようにあった肺内転移巣が見事に消失し、本当にビックリするほど元気になられました。
「いやぁ、この前300gのステーキを食べちゃいましたぁ。」
てな感じで、イレッサ様々です。喫煙者でもとりあえずやってみないと分からないものだなぁ、と思います。
さて、イレッサの効きやすい患者群として、前述したアジア人・腺癌・女性・非喫煙者・EGFR変異の有無といった以外の、一般にはまだ知られていないイレッサの効果予測因子を紹介します。
腺癌は腺管への分化を示すもの、あるいは粘液産生が認められる悪性腫瘍と定義されます。ここでは、詳しい話は省きますが、肺腺癌とひと言でいっても腺房型、乳頭型、細気管支肺胞上皮癌、粘液産生充実型などいくつかに分類されます。
そして、それら腺癌を構成する組織学的特徴の1つに、高円柱ないしは立方体状の癌細胞が間質を取り巻くように増殖している乳頭構造と呼ばれるモノがあります。さらに肺腺癌の乳頭構造は、肺腺癌の乳頭構造が一層の腺上皮細胞によって覆われ、中心に「血管線維性の芯」を有するTrue papillary pattern(TPP)と間質を取り巻く癌細胞の重層化によって形成され、中心に「線維血管性の芯」を持たない微小乳頭構造を示す Micropapillary pattern(MPP)の2つに大きく分類されます(下図)。
Tatsu Miyoshi et al. Early-stage lung adenocarcinomas with a micropapillary pattern, a distinct pathological marker for a significantly poor prognosis. The American Journal of Surgical Pathology; 27(1): 101-109 (2003).
さて、肺癌に限ることではありませんが、癌による死亡の殆どは遠隔転移によるものであるため、癌治療で特に重要なのは転移巣のコントロールです。イレッサを服用する患者さんは、通常病期IV(遠隔転移を有する)ですから、原発巣への薬剤の作用はもちろんですが、転移巣への効果が治療として重要になります。ここで、MPP の出現を認める原発性肺腺癌症例は、リンパ節転移(n)、肺内転移(pm)が多くみられ、その転移巣もMPPを形成することが多い、という臨床病理学的特徴があります。
イレッサはMPPを有する肺腺癌に効果的であることが報告されています。また、MPPを有する肺腺癌では有意にEGFR変異があることも確認されました。このことはMPP肺腺癌がイレッサに反応しやすいことの裏付けにもなります。ここで、MPP肺腺癌の転移巣はMMP構造で形成されていることが多い訳ですから、当然イレッサは転移巣にも「効きやすい」ということになります。このように、MPP肺腺癌症例にイレッサを投与すると転移巣も効果的にコントロール(MPPで構成される転移巣の方が原発巣に比べて癌の多様性が少ないため、イレッサの見た目の効果は、原発巣よりもむしろ転移巣の方がいいのではないかと個人的には推察している。)できるため、臨床的に「使える薬」として期待大なのです。
確かに、私の経験でも、イレッサがバカ効きした症例はMPP肺腺癌に多い印象があります。「あなたの印象ですか?」と眉をしかめる医者の顔が浮かびます。一臨床家の印象や思いこみを否定するための現代のEBM(Evidence based medicine:根拠に基づいた医療)ではあるのですが、一臨床家の印象や思いこみもまんざら捨てたモノではありませんぜ・・。
話はもどって、上記内容は、とある癌専門施設の研究内容(未公開)で、現在論文投稿中です。アクセプトのあかつきはホームページ上で、正式に著者・雑誌名を公表します。キチンとした臨床研究内容なので、ちゃんとした英文医学雑誌に掲載され、いずれ、臨床の現場の表舞台に出てくる話です。
今回の、MPP肺腺癌とイレッサの話は、組織形態学が個別化治療に寄与する可能性を示唆していいます。あるパターンの遺伝子発現の蛋白発現の最終形が組織学的形態です。私見ですが、形態学を個別化治療に結びつけていくことは、分子生物学的手法のフィルターを通すよりも顕微鏡で“見る”だけなので“簡便”であるところに魅力を感じます。
さて、御自分の肺癌はどの様な顔つきをしているか実際に見てみたい・MPP を伴った肺腺癌なのだろうか?イレッサを服用するかどうかの指針としたい・・などとお考えの方は、胸部CTなどの画像に加えて肺癌切除標本のプレパラートを借用の上、キャンサーフリートピアのがん相談にお持ち込み下さい。