病名「がん」-まず、あせらない・あわてない-

2007年7月

-その理由から-

「がん」治療における告知が一般化した今日、病名を「がん」と診断された瞬間に、それまで全く普通に生活されていた健常人が“がん患者”になります。

多くは突然身に降りかかる出来事ですから、皆さん「がん」の告知を受けた後は動揺します。

「なぜ私が?」

「どうして私に?本当に?」

と、平常心ではいられないのが普通です。頭の中が真っ白になり、

「がん=死」

の図式のところで思考回路が止まってしまう方もおられます。でも、いつまでも思考を止めておく訳にはいきませんから、

「どうしよう、どうしたら良いのかしら?治療法は?」

と少しずつ、頭の中が回転し始めます。
ここで、多くの方に共通することですが、治療を“一日も早く”と考えている患者さんが殆どです。

「“がん”だから一日も早く治療を始めなきゃ。」
「明日にも“がん”で死んじゃうかも。」

患者さんのこのような心の働きは理解できますが、間違っています。また、この心理は、患者さんが治療や担当医師、病院の選択を焦る原因にもなっていると思われます。

ここで、先に結論。“がん”の告知を受けてもあせらない、あわてないこと、です。理由は後で詳しく述べますが、 “がん”は本来見つかるまでに数年経った年代物なのです。臨床的に“がん”が見えてくるまでに何年も経っているわけですから、ある意味何年もほったらかしにしていた“がん”が見つかった時点から急に慌てて“一日も早く”とあわてるのは“がん”の“自然史”に照らし合わせて考えると少し“変”なのです。

また、がんの告知を受けたところであわてたり・あせったりすると、目の前の医師の治療内容を吟味しないまま治療に入ることになります。これは、別に目の前の医師の質が悪いと言っているのではありません。治療をあわてたり、あせったりすると生き方選びのための「セカンドオピニオン」に行き着かなくなる可能性があるのです。

何故、あわてない・あせらないで良いのか?

ただ漠然と「あわてない・あせらない」といわれても、正直困ります。

「なんで?ガンなのに・・」って思っちゃいます。

そこで、あわてなくて良い、あせらなくて良いの理解のためには、簡単な腫瘍学の話を避けて通ることができません。そこで、腫瘍学を少しずつ紐解いていくことにします。

まず、“がん”は画像的にも肉眼的にも一見“塊”に見えますが(下図)、その塊は「がん細胞の集まり」である。これが、すべての理解の出発点となります。図中の丸い小さな一粒一粒が“がん細胞”です。しかし、この“がん細胞”、どんなに目をこらしてプレパラートをのぞき込んでも見えません。顕微鏡で拡大して始めてその存在を確認することができます。“がん細胞”は目に見えないのです。目に見えない“がん細胞”が沢山集まって始めて塊として目に見えてくるのです。参考までに理論値上、直径1cmの“がん”は約10億個のがん細胞からなっています。

“がん”が“がん細胞”の集合体であることを把握したら、次に、“がん細胞”の集まりがどのようにしてできてくるのか?塊として見えるようなるまでにどのくらいの時間を要するのか?といった部分の理解が「あせらない・あわてない」の理解につながっていきます。

"がん"は"がん細胞"の集まり

桃栗三年柿八年-“がん”も大きくなるのに時間がかかる

がん細胞の分裂回数と大きさ

“がん”を理解する上で大切な図を紹介します(上図)。 “がん細胞”の成長のプロセスを表した図です。“がん”という病気の“根っこ”の部分を理解するために非常に重要な図だと私は思っています。

この図において大切なことは、

『“がん”は発見されるまでに、“年”単位での時間を要する』

ということです。

もう少し詳しく見ていきましょう。
癌細胞は、非常に微小な存在で肉眼では見ることができないのは、先ほど話したとおり。そして、1個の癌細胞の重さは約1ナノグラム(ng)ほど。ナノグラムは、1グラムの十億分の一の重さを表す単位です。普通はイメージでしか感じることのできない重さですね。

そして、ここで仮に癌細胞が、約百日の一定のスピードで細胞分裂を繰り返し、かつすべての癌細胞が死なないと仮定しましょう。この場合、直径1センチ、1グラムの癌の塊に成長するのに、どのくらいの時間が必要なのでしょう?

1 センチというのは、現在の画像診断能力で見つけることのできる癌の大きさの最小単位としていいでしょう。いや、最小単位は5ミリメートルだという医師もいますが、その辺の大きさの議論は話の内容に影響を与えないので、ここは直径1センチで話を進めます。癌細胞1つが1ナノグラムですから、1グラムの癌細胞の塊の中には十億個の癌細胞があることになります。

癌細胞の特徴の1つとして制御を超えて永遠に分裂増殖するというのが挙げられます。つまり、1個の癌細胞が2個に分裂し、2個が4個、4個が8個、8個が 16個・・・・とねずみ算式に増えて行きます。そして、約30回分裂したところで癌細胞は十億個になります。2のn乗ですから、御自分で計算してみて下さい。そうすると、分裂周期が100日ですから、最初の癌細胞1つから、約三千日、約8年かけて1センチ・1グラムの癌に成長する計算です。そして、さらに 10回分裂して癌の重さが1キログラムになるのに千日。“がん”は1kgに育つと宿主の命を奪うとされていますので、直径1センチの癌の発見から何も治療をせずに放置すると2〜3年後に生体を死に至らしめる計算になるというわけです。

もっとも、このモデルは理論値であり、実際の生体内の癌の重さは、血管や結合織などの癌細胞以外の組織の重さも加わるので、厳密には正確な数値とは言えません。また、“がん細胞”の分裂速度も必ずしも一定ではないでしょうし、増殖している癌細胞のすべてが生き残っているわけでもありません。しかしながら、医学が自然科学である側面を持つ以上、モデルを通して物事を考えるのは決して間違いではありません。自然科学は、数学も物理学もモデルを元に発展してきました。また、このモデルは実際、臨床の中でよく当てはまり、実感できるモノです。

実際、我々の臨床の現場で「がん」が発見された時には、少なくとも1グラム以上あるのが普通です。参考までに肺癌に関して言えば、1センチ以下で見つかることはほとんどなく、2センチ以下で発見されたものが「小型肺癌」と呼ばれています。直径2センチですから1グラム以上の重さがあるはずです。

いずれにせよ、例外的に非常に発育速度の速いがんはあるものの、我々が治療しているがんの多くは、“がん細胞”が身体の中に生じてから、実際に目に見えて発見されるまで、少なくとも数年は経過していると見て良いのです。何年物の赤ワイン、5年物、8年物のスコッチ・ウイスキーではありませんが“がん”は発見された時点で多くは年代物、ビンテージ物なのです。桃栗三年柿八年、“がん”は育つまで結構時間がかかるのです。

告知を受けて“がん患者”になったけど、ホントはずっと前から“がん患者”。

「先生、私はいつの間に“がん”なんて病気になったのでしょうか?もっと早く気付く方法はなかったのでしょうか・・・」
「私は、いつから“がん”だったのでしょう。1週間前でしょうか、それとも1ヶ月くらい前でしょうか?

よく患者さんから尋ねられる質問です。すでにおわかりだと思います。

「何年も前からです。」が答えです。

患者さんは、“がん”を指摘されたその日に“がん患者”になります。そして、「がん=死」、明日にはもう自分の命が亡くなってしまう様に感じる方もおられることは前述したとおり。

「一般論ですが、貴方の身体の中に、癌細胞が発生して数年は経っていると思われます。」

といいながら、私は紙に図を描きながら説明します。

「癌細胞1個が2個に、2個が4個に、4個が8個に・・・・」と。

「私に“がん”と言われて、貴方は今日から“がん患者”になりましたが、ホントはずっと前から“がん患者”だったのですよ。ずっと前から“がん”だったけど、今まで元気に暮らしてきたし、今も元気でしょう?それに、痛くも痒くもなく、自覚症状もありませんよね?“がん”になったからといって、今日明日すぐにどうこうなるものではありません。時間はまだあります。あわてる必要はありません、きちんと治療を一緒に考えていきましょう。」

冒頭で、“がん”と告知されても“あわてない・あせらない”といった理由がここにあります。“がん”の多くはビンテージ物、つまり塊として目に見えて分かるようになるまでに“数年”の単位を要する、長いものでは10年以上かけてその存在が“分かるようになる”病気です。また、“がん”はその存在を指摘された時でさえ、自覚症状がないのが殆どですから、“がん細胞”が身体の中にひとつ生じた時点で“がん”を自覚したり、発見することは不可能で、それこそ“カミさま”にしか分からないのです。“がん細胞”が100万個集まっても、まだ直径1mmです(図)。

いかなる検査方法を使ってもまだ検出することはできません。ある意味、“がん”が大きく育って発見されて、“がん”といわれるまで、何年も“がん”の存在を放ったらかしにしてきたようなものです。人間の力では、どうやったって分からないわけですから、誰にも罪はありません。

例えば、
“がん”の発生から発見まで8年かかったとすると365日×8年=2,920日間、“がん”を放置していたことになります。こうみると、“がん”は 3,000日近くも放置できた“慢性病”と考えることもできます。3,000日も放置していた慢性病である“がん”を“一日も早く”と3001日目からあわてて治療する必要はないのです。だから、“焦らない・あわてない”なのです。もちろん、このままいつまでも1年も2年も放っておいていいと言っているのではありません。“がん”は増殖が進んで、総重量が1kgになるとヒトの命を奪いますから、その前に何かしら手を打たなくてはなりません。

しかし、焦らず、あわてず情報を集めて、考えて、勉強して納得のいく治療の作戦を立てる。そして、作戦を立て終わったら、速やかに行動に移して治療を開始する。治療を開始するまでの“あわてず・あせらず”は“がん”の“自然史”全体を眺めたとき、実に自然な“心構え”としていいのです。

“がん”は、治る可能性が十分期待できる病気です。また、確かに治療の難しい一面を持つ病気ではありますが、やり方次第では糖尿病や高血圧症のように上手に付き合える相手でもあります。繰り返します。殆どの場合、がん治療には緊急性がないため、すぐに“がん=死”ではありません。大丈夫です。 “あわてない・あせらない”、この心構えが、がん治療の第一歩です。

なぜ“あわてない・あせらない”のか?もう一つの理由
-がん治療は“命の買い物”だから-

がん治療の選択は、“命の買い物”です。“がん”の治療は外来通院にしろ入院治療にしろ、必ず患者さんはなんらかの形で“自由”を制限され、拘束を受けます。外来日や検査日は普通指定されていますから、その日は仕事を休んだり、日常生活の時間を削られます。入院治療になるとそれなりの日数を拘束されますので、そのために仕事などの日程の調整も必要になります。日本は医療保険が充実しているとはいえ、経済的負担もけっしてバカになりません。

また、治療は必ずしも楽ではないこともあり心身ともに参ることもあります。こう考えると、がん治療は患者さんの時間的、経済的、肉体的、精神的といった様々な犠牲の上に成り立って“命を買っている”と言って過言ではないでしょう。だから、がん治療は“命の買い物”なのです。

がん治療をあわてたり、あせったりすると医者任せの受身医療、「おまかせ医療」に身を委ねることになる可能性があります。がん治療は“命の買い物”ですから、上手な“買い物”をするためには“買い手”である患者さん自らの学習・情報収集のための時間がどうしても必要になります。

“がん”と告知されてから、“がん”について勉強し、情報をあつめ、いろんな医師の話を聞いたりして、自分の中でしっかり「納得」して治療を選択して受けるまでに1ヶ月くらいの時間的余裕は見て良いと思われます。がん専門病院や大学病院では“がん”と診断されてから入院して治療が始まるまでに1ヶ月くらい待たされることはよくあることです。

もし、“がん”が本当に“一日も早く”ならば、そのようなことは許されないはずです。裏を返せば、“がん”と分かってから治療の開始まで1ヶ月くらいは大丈夫ということです。だからあわてる必要もあせることもないのです。“がん”と分かってからの1ヶ月くらいはいろいろな準備のために有意義に使うべきなのです。

しかしながら、「あわてない・あせらない」とはいうものの、現実はなかなかそう行かず、殆どの患者さんは「一日も早く治療を始めたい、治してもらいたい。」と不安で一杯で外来を通院されます。本来はそうした不安を抱えた患者さんに対して、ひと言、

「あなたの病名はガンですが慌てなくてもいいのですよ。基本は慢性病ですから。ただ、このまま放置しておくと命を脅かすことになりますからこれから治療を考えていきましょう」

言えばいいものを、

「ガンだから、大変だ。一日も早く手術だ」やれ「入院だ」

等と不安を抱えて外来を訪れる患者さんの心の傷口に塩を塗り込むように煽り、一緒にあわてている医師がいるのにはホントに困りものです。入院・治療を急がせる医師は腫瘍学を始め、ガン治療のなんたるかを知らない類の医師と私は断言します。ファーストコンタクトでそのような医師であった場合は、「チョット待て。」とブレーキを踏んで、立ち止まるのが賢明です。