ヒトは死を迎えるにあたり、呼吸が少しずつ浅くなってきます。徐々に顎だけが小刻みに動くだけの下顎呼吸という状態になります。下顎呼吸を経てヒトは息を引き取ることになります。その過程で、努力性に賢明に空気中の酸素を求めているようにも見えるためか、
「主人が、苦しがってるので何とかなりませんか。」
「つらそうです、何とか苦しみを取ることはできませんか。」
と、家族の方にすがられた医師は私だけではないはずです。
人間の動脈血中の二酸化炭素分圧は正常値で35-45Torrですが、血中二酸化炭素分圧は分時換気量で規定されます。分時換気量とは一分間に呼吸で肺を出入いりした空気の総量のことをいいます。
臨終が近づくと徐々に呼吸が浅くなり、分時換気量が少なくなってくるため、だんだんと動脈血中二酸化炭素分圧は増加してきます。動脈血中二酸化炭素分圧が増加してくると炭酸ガスナルコーシス(CO2ナルコーシス)という状態になってきます。炭酸ガスナルコーシスになると、意識が朦朧としてくるため苦しみは感じなくなります。
臨終に伴う呼吸状態の低下は見た目には苦しそうに見えますが、カミさまは、炭酸ガスナルコーシスという状態を作り出すことにより、ヒトに限らず、全ての動物の死に際して苦しみが無いようにして下さっているのです。
また、臨死体験の手記を読むと、死の瞬間は恍惚の境地(ユーフォア)に包まれ、死の恐怖を一切感じることのない至福感に至るそうです。臨死体験をそのまま信じるなら、臨死にあたって、ヒトは死の恐怖からの開放と安楽が用意されているようです。
その恍惚感を炭酸ガスナルコーシスが結果的につくりだすものかどうかは私には分かりませんが、 「見た目は、苦しそうに見えますが、ご本人には苦痛はありませんのでご安心下さい。カミさまは、すでに苦しみが無いようにして下さっていますよ。」と私は家族に応じます。
