まず、図の右側をご覧下さい。患者さんは70歳の女性の方です。病名は原発性多発肝臓癌です。肝臓癌は多中心性発生といって時に多発します。治療として、肝動脈閉塞療法を行いました。肝動脈閉塞療法とは腫瘍を栄養している栄養血管に直接抗がん剤や血管塞栓物質を投与して、効果的に腫瘍を叩こうとする治療法です。
肝臓の一番大きな腫瘍に対して行ったところ、治療後にその部分が肝膿瘍になってしまいました。肝膿瘍というのは肝臓の中で細菌感染が起こり、膿が溜まった状態のことをいいます。身体の中に膿の塊があるわけですから、連日連夜、40度以上の熱がバンバンでました。
腋窩体温など表在温度で40度ということは、深部体温は41度以上になっているのではないでしょうか。患者さんは熱発でフゥフゥといった状態です。身体の中の膿の塊に対しては、抗生物質の効きが悪いことがあり、なかなか熱も下がりませんでした。
そういいながらも、熱は徐々に落ち着き、状態はその後改善し退院されました。図の左側は、後日撮影したCT検査ですが、見て皆びっくり。なんと、肝動脈閉塞療法を施行していない他の小さながん病巣がすべて画像上、消失していたのです。腹水もなくなっていました。
肝動脈塞栓療法で使用した抗がん剤が巡り巡って結局他の病巣にも効いたのか、それとも肝膿瘍による連日の熱発がたまたま全身温熱療法として作用しために多発病巣が消失したのか、本当の所は解りません。興味深い症例だけど、証拠も無いし、学会発表の対象にはならないネ・・・と、そのままお蔵入りになっちゃいました。
また、インフルエンザの発熱で、肺がんの副腎転移がきれいに消失していたなんて話もあります。この患者さんの場合、薬を飲むことが大嫌いな方であったため(本人のポリシーでしょうか?)、薬をいっさい飲まず、なかなか40度前後の熱が引かなかったそうです。ご本人の話では、1ヶ月くらい発熱でフゥフゥいっていたそうですが、インフルエンザの発熱が全身温熱療法として作用し、“転移巣”が消失したのではと考えられました。
このような発熱にともない“がん”が消失したという実例は、数は少ないものの、別に今に始まったことではなく、昔から存在します。W.Buschというドイツ人医師が1866年に、丹毒(溶連菌感染)に伴う発熱現象で“がん(肉腫)”が消失したという報告は特に有名です。この19世紀という時代は、抗がん剤はもちろん、抗生物質・点滴すらもありません(ペニシリンの発見は1928年、抗がん剤・点滴は第二次世界大戦以降)から、熱でがんが消失したという、この報告には信憑性を感じます。紀元前400年頃のギリシアの医師ヒポクラテスも温熱をがん治療に利用したそうです。
ここで、誤解のないようにしておきたいと思いますが、私は“がん患者”さんは、肝膿瘍などの感染症にかかったら治療で熱を下げてはいけないとか、インフルエンザ・風邪を引いても薬も飲まないで放置して我慢しろと言っているのではありません。そんな危険な行為は治療として成り立ちません。ただ、熱で“がん” が制御されたという偶発的に観察された事実から、熱ががん治療に利用できるのではないかという思いが先人から現在まで続いているのです。
また、実験的にも“がん細胞”が正常細胞にくらべて熱に弱いことは証明されており、熱で“がん”を制御できるのではないかという期待は確かに存在するのです。ここでは、温熱療法をがん治療のなかでどのように考え、位置づけて行くかを見ていきたいとおもいます。
