ここからは、私見を述べます。
“がん細胞”が確かに熱に弱いといっても、細胞が、たとえば42度の熱源に触れた瞬間に死んでしまうということではありません。“がん細胞”も“生きて” いますからストレスに対しての耐性があります。細胞の集合体としての生物は生命活動を維持する上で、様々なストレスを受けながら生活しています。ストレスを受けたからといってすぐに生体は弱りません。それが、耐性です。
ところが、耐性を超えたストレスが持続したり、頻回に繰り返されると弱ってしまいます。“がん細胞”も同様で “がん細胞” の耐性を超えた熱ストレスを与えることができるようになって始めて、温熱は最大限の効果を発揮すると考えます。温熱が“がん細胞”に有効なストレスとして働くには2つの条件が必要と考えています。それは、熱の持続性と反復性です。
この2点を生体に害を与えない・耐えうるギリギリの熱を人体に与えることができたら、温熱療法の世界はもう一つ幅が出て開けてくるでしょう。なぜ、そう考えられるのか、もう一度“がん細胞”の特徴から考えてみたいと思います。
“がん細胞”とは、“がん”とは何ぞや? ・・・正常細胞の遺伝子が壊れたために生じた異常細胞。この異常細胞が生体の制御のシステムを離れ、無限に増殖し、生体に悪影響(死)を与える、です。さて、この“がん細胞”の特徴として
- がん細胞の壊れる遺伝子の程度が多くなるほど、がん細胞の悪性度は強くなる。
- そして、遺伝子の壊れ方が進むほど、細胞としての代謝が正常細胞よりも高くなる。だから、がん細胞としての悪性度が高くなるほどその代謝は高い。
という2点が挙げられます。
そうすると、仮に、生体に、生体の耐えうるギリギリの熱ストレスをある一定の時間、持続負荷することができるとしたら、代謝の亢進しているがん細胞の方が、正常細胞よりも早く息切れするであろうということが、予測されます。つまり、代謝の正常なヒトと、代謝の亢進したヒトとが41.295kmのマラソンを始めた場合、どちらが先に根を上げるでしょう、また、どちらが長時間お風呂にのぼせず入り続けることができるでしょう、ということです。
いずれにせよ、持続する熱ストレスに対して、代謝の亢進した“がん細胞”の方が正常細胞よりも耐えきれず、先に弱ってしまうと考えられます。現時点での温熱療法は長くて1時間くらいの加温であるため、“がん細胞”へのストレスという意味では十分ではないと思われます。
ところが、“がん細胞”もたいしたもので、熱ストレスが加わると熱ショック蛋白(ヒートショックプロテイン)という特種な蛋白を産生します。熱ショック蛋白は、熱刺激による細胞障害を防ぐ働きをしますので、“がん細胞”は熱刺激のもと耐性を形成することを意味します。“がん細胞”の方も、いつまでもやられっぱなしではないぞ、ということです。
ところが、熱ストレスに対して産生された熱ショック蛋白も72時間くらいで無くなってしまいます。鬼の居ぬ間に・・ではありませんが、熱ショック蛋白が無くなったところで、また熱ストレスを加えてやるのです。そしてこの繰り返し。ボクシングのジャブを打たれ続けるとだんだん効いてくるように、反復性。熱ストレスには反復性も重要になってくるのです。反復性という点に関しても、現在の温熱療法では、時間的・物理的・経済的に難しいといえます。
さて、ここで、生体の耐えうるギリギリの持続性と反復性を兼ね備えた熱ストレスをがん細胞に与えることができる理想の温熱療法が存在すると仮定して、その可能性を考えていきましょう。
現在のすべてのがんの治療法は、悪性度の強いがんに勝とう、あるいは勝てる治療法ではありません。というより、悪性度の強いガンに対する治療法そのものが存在しないと言っていい。弱い“がん”は勝てそうな相手だから積極的に叩きにいくが、悪性度の高い“がん”とは引き分け、あるいは共存の道を探る。つまり、休眠療法の考え方です。
理想的な熱ストレスを与える方法論ががん治療に使用できるであろうとする根拠として、“がん細胞”が正常細胞に比べて代謝が高いというところに着目します。“がん細胞”は遺伝子の壊れ方が進み、悪性度が高くなると代謝が高くなりますから、温熱療法のターゲットとする相手は、他の癌治療の方法論では太刀打ちできなかった、悪性度の高い“がん”を相手にできるということになります。
唯一、悪性度の高い“がん”と戦える治療法である可能性があるのです。一般的に“がん”の塊には、組織学的な多様性が存在します。そうすると、“がん”の多様性の中から、悪性度の強い“がん細胞”だけを選択的に叩いてしまって、悪性度の低いがんはたとえ体内に残存しても共存していける、という新しい“休眠療法”の発想も生まれてきそうです。
また、生体の発熱は免疫系細胞の賦活化を促すため、免疫療法としての側面も併せ持つため、熱で弱ったがん細胞をさらに免疫系が叩いてくれるかもしれません。
理想的な温熱療法のもう一つの特徴は、がん細胞が正常細胞よりも代謝が高いことだけに着目した治療法であるということは、つまり、がん細胞の「遺伝子の壊れ方」はいっさい問題にしないことです。今はやりの分子生物学的な方法論での遺伝子のどこの部分がどうなって“がん細胞”になっているかなんてどうでもいい。細胞全体としての“代謝”が高くなっているかどうかが問題。
癌細胞の遺伝子異常の個別性を無視できるということは、個々の癌の個性に対して治療法を選択していこうという、今後のがん治療の主流である、オーダーメイド医療に対して、真っ向からコンセプトで逆らうことのできる治療法である可能性が秘められているということです。遺伝子治療や分子標的治療薬が“がん細胞” に対するピンポイント攻撃弾としたら、理想的な温熱療法は、全身療法として、選択的に“がん細胞”のみを焼き尽くすナパーム弾といえるでしょうか。
冒頭で紹介した原発性多発肝臓癌の患者さんを始め、発熱により“がん”が偶然治った患者さんは、その発熱作用が何らかの形でがんに対して理想的な熱ストレスとして働いたためだと推察されます。
ところが、現実の温熱療法には、前述した2点、持続性と反復性を十分に満たせる方法論がないため、温熱療法の持つ放射線治療・化学療法への感受性の増大効果、発熱作用による免疫系の賦活化などの作用を利用した、あくまで全体の治療の一部として補助的に使用していくのが現実的なのです。
たかが温熱、されど温熱。ヒトが温熱を体温コントロール目的に自在に操ることは、本当に難しいのです。2,400年前のヒポクラテスの時代から熱のハンドリングは、進歩していないのです。つまり、現実にはギリギリの持続性と反復性を兼ね備えた、“がん細胞”に理想的な熱ストレスをかけることのできる温熱療法は存在しません。そして、あくまで温熱療法は補助療法の1つです。ゆめゆめ、現存の温熱療法だけで“がん”を治そうなんて考えてはいけません。繰り返します、補助的です。