自家がんワクチン療法とグリオブラストーマ(神経膠芽腫)に対する最新の知見|がんの外来治療(腫瘍内科・緩和ケア内科)と内科・外科・呼吸器科の銀座並木通りクリニック

がんと共存して長生きを

特集「がんの免疫療法」 -がんの免疫療法でがんはどこまで治るのか?-
自家がんワクチン療法とグリオブラストーマ
(神経膠芽腫)に対する最新の知見

免疫療法なんてまったく効かない、と一笑に付される傾向が強かったものが、最近、ペプチドワクチンやがん抗原タンパクワクチンといった“がんワクチン”の登場により、そしてこれらが大学の臨床試験で広がりを見せていることなども手伝って、免役療法そのものの認知度や受容度・理解は以前よりずいぶん高くなってきています。

しかしながら、世の中“免疫”という言葉を利用した“がんビジネス”がはびこっているコトは皆さん周知のとおりで、そういったなかで巷(ちまた)に流れる免疫療法に関する情報は玉石混淆(ぎょくせきこんこう)と言えるでしょう。玉石混淆の情報戦のなかで、正確な情報をいかに選択し、治療に取り入れるかということは非常に大切なことですが、実際には結構難しいことです。

本稿では、少しでも患者さんの情報選択の一助になればという思いで、自家がんワクチンについての簡単な解説と、東京女子医科大学・筑波大学の研究グループから報告されたグリオブラストーマ(神経膠芽腫)に対する最新の知見を紹介します。

自家がんワクチン療法とは

自家がんワクチン療法は、理化学研究所ジーンバンク・細胞開発銀行に蓄積された高度の培養技術を生かした細胞療法の開発に端を発し、東京女子医科大学、筑波大学の研究グループでの臨床試験を経て現在に至っている治療法です。理化学研究所については、ご存知のように、日本で唯一の自然科学の総合研究所として、物理学、工学、化学、生物学、医科学などに及ぶ広い分野で研究を進めている、世界最先端の研究機関です。

それでは、自家がんワクチン療法について簡単に見ていきましょう(図1)。

人間の身体のなかで、がん細胞を殺すのに活躍しているのがリンパ球ですが、なかでも中心的な役割を担っているものの1つがCTL(細胞傷害性Tリンパ球)です。自家がんワクチン療法は、このCTLにがん細胞を敵と認識して攻撃するように教育して、がんをやっつけようという治療法です。もう少し説明を追加すると、手術によりがん患者さんから摘出したがん組織中のがん抗原を目立つように手を加えてワクチンとし、がんに対する免疫力を高めてがんの治療を行うというものです。

がん抗原とは、がん細胞の表面にある、「わたし、がん細胞ですよ~」という目印のようなものとイメージしてください。ですから、「わたし、がん細胞ですよ~」という目印を持ったがん細胞だけをCTLに殺させようという仕組みになります(図2)。

また、本法は、患者さん自身の体内にあったがん組織をがん抗原の原材料として使用するため、がん細胞のなかのがん抗原のほとんどすべてが体内免疫系の識別対象になり得るというのが大きな特徴であり、他のがんワクチンなどとの決定的な違いであるとともに魅力です(図3)。

さて、ここで疑問が……生標本(なまひょうほん)をイカ、ホルマリン固定標本をスルメに例えて、そもそもスルメからワクチンができるのか?と感じている医療関係者は少なくありません。その疑問は当然といえば当然です。そこで、ホルマリン固定標本から本当にがん抗原を得ることができ得るのか、という問いに対して補足しておきます。

細胞性免疫反応におけるがん抗原の本体は、がん抗原タンパク中のアミノ酸残基数9~15個のペプチドからなります。そのアミノ酸残基のなかでホルマリンと反応する官能基がないペプチドの場合は、長期ホルマリン漬けに対して安定で、大部分は壊れずに残存しています。つまりスルメのなかでも、イカのなかと同じ状態でがん抗原はしっかり残っているというわけです。そして、実際にこれらのペプチドは抗原提示細胞のなかでうまく処理され細胞表面に提示されて、十分がん抗原として働くことが科学的に証明されました(NatureMedicine,1,267-271,1995.)。

結論:ホルマリン固定標本から、ちゃんとワクチン作製は可能です。そもそも、ホルマリン固定標本からがんワクチンがつくれるなど誰が考え得たでしょうか?誰も予想すらしなかったからこそ、2007年のASCO(米国臨床腫瘍学会)で世界の研究者に驚きと衝撃を与え高く評価されたのです。さすが“ものづくり日本”です。

グリオブラストーマに対する最新の知見

一般に報告されている免疫療法の治療成績の解析は、後ろ向き研究(retrospective study)というモデルで行われているものがほとんどです。“後ろ向き研究”とは、現在から後ろを見た、過去と現在の事項に対してのデータを扱います。すでに結果が判明している事項をもっともらしく解析することも可能で、研究者によるバイアス(偏り)が入りやすくなり信頼性が低くなります(バイアスを取り除く処置をしている後ろ向き研究は、国際的に正当な評価を受けます)。

一方、これから生じる症例を観察・検討する研究モデルを前向き研究(prospective study)と言います。“前向き研究”では結果がわかっていないために、バイアスがかかりにくく、より信頼のおける結果が得られます。

この度、東京女子医科大学・筑波大学の研究グループよりPhaseI/II前向き臨床試験としてグリオブラストーマ初回治療時に実施されたものの結果が報告されましたので、その中身をかいつまんで見てみましょう(Biotherapy,24,448-455,2010.)。

悪性脳腫瘍のなかでもグリオブラストーマはきわめて難治性で、手術、放射線、抗がん剤治療によるさまざまな治療が試みられていますが、いまだ有効な治療手段は確立されていません。本報告は、グリオブラストーマ初発25症例に対して、手術、放射線治療後にACNU(ニドラン®)による抗がん剤治療をスキップしたうえで自家がんワクチン療法を併用し、全生存期間や無増悪生存期間といった治療効果を検討したというものです。

また、症例のほとんどは2006年に承認されたTMZ(テモダール®)の維持療法が再発後に導入されていますので、現行のグリオブラストーマ標準治療に照らし合わせやすい報告内容になっています。

本報告によると、一般のグリオブラストーマ標準治療での全生存期間、無再発生存期間の中央値がそれぞれ14.6ヵ月、6.0ヵ月であることに対して、自家がんワクチン導入症例では、全生存期間21.4ヵ月、無再発生存期間7.6ヵ月となっており、自家がんワクチン療法導入症例は、全生存期間、無増悪再発期間のいずれにおいても標準治療を上回る成績が得られています。

ここで、特筆すべきは、グリオブラストーマに対する免疫療法は現行治療のなかで併用して行い得るということです。グリオブラストーマで使用されるTMZは白血球減少などの血液毒性が比較的少ないことや、TMZそのものが、免疫抑制を引き起こすTreg(抑制性T細胞)を逆に抑制してCTLの抗腫瘍免疫能力を強化するという報告があります。また、副作用の少ない分子標的治療薬の開発・導入なども始まってきており、グリオブラストーマの診療領域では現行治療に免疫療法を併用する環境が整いつつあると考えてよく、今後の発展が大いに期待されるところです(図4)。

さらに今回示されたグリオブラストーマにおける報告内容は、脳腫瘍だけでなく他臓器の悪性腫瘍に対しての治療戦略としても応用されうると考えられます。少量の抗がん剤を副作用が出ないように休薬期間無しに繰り返し投与する投与法であるメトロノミック療法(少量(低用量)抗がん剤治療・がん休眠療法)でもTMZ投与と同様にTreg抑制作用が報告されており(Nat Rev Clin Oncol,7,455-465,2010)、本来免疫力を下げるとされていた抗がん剤も投与方法如何では、逆に腫瘍免疫強化に働くことが示唆されるため、本来併用できないとされていた抗がん剤治療と免疫療法の併用治療が可能となります。がん診療全体が、今後新たな局面を迎える可能性を秘めているのかもしれません。

合い言葉は「とりあえずもらっとけ」

最後に、これから手術を受けようという患者さんに1つだけアドバイス。

とりあえず、手術直後にがん組織だけはもらって確保しておきましょう。

自家がんワクチン療法を実際にご自身の治療として導入する・しないは後でゆっくり考えればいいことです。手術が終わって元気になってから、じっくりと検討してからでも全然問題ありません。ただ、そのワクチン作製に必要な手術標本は後になればなるほど、主治医から分けてもらえにくくなります。なぜならば、手術で切除したがん組織は、すぐに病理検査に回され、ホルマリンで固定された後、蝋で包んだ塊状の標本として永久保存されます。これを、パラフィン包埋ブロックといいます。

これらパラフィン包埋ブロックは、それぞれの医療機関が管理しています。そして、このパラフィン包埋ブロックはさまざまな臨床研究で使用され、将来のがん診療のために役立てられます。がん組織は個人の身体から手術で取り出したものですから、本来は患者さんのものなのですが、パラフィン包埋ブロックになるとがんの研究サンプルという公的財産としての性格を帯びたものに変化していきます。

公的財産となると、なかなか個人のために組織を分けてくださいとは言い出しにくくなり、またブロックの提供を拒否する医療機関も存在します。仮に分けてもらえるとしても、いきさつを主治医に細々と説明したり、書類上の手続きを求められたり結構面倒ですから、手術の前に主治医に、「がんを分けてください」と言っておきましょう。その際、「ダメだ」という医師は普通はいないはずです。

繰り返しますが、とりあえずがん組織だけは確保しておく。
それだけで、後々のコトの進みがとても楽になること請け合いです。

あと余談ですが、パラフィン包埋ブロックを薄く削り出し、染色して顕微鏡で観察できるようにしたものをプレパラートといいます。プレパラートから自家がんワクチンを作製することはできませんのでご注意ください(図5)。

月刊誌「統合医療でがんに克つ2011.5vol.35」より

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