がん性疼痛について
2007年7月
医療麻薬(モルヒネ)のお話し
はじめに
“がん”になると、痛みでもがき苦しみながらで死んでいく。患者さんの中には、そう思っている方が以外にたくさん多くおられるようです。確かに、「私の、おじいちゃんは痛い、痛いと言いながら癌で死んでいった。」といった話は本当でしょうし、身内にそういった方が実際おられた場合、ますますその印象はぬぐい難いものになります。
確かに、モルヒネの使い方が十分確立していなかった一昔前の時代は前述したような患者さんが多かったとも聞いています。医師がモルヒネを使いたがらなかった一番の理由はモルヒネを使うと“息が止まる”と思われていたことでしょう。
確かに、私も過去にモルヒネをワンショットで静注された患者さんが呼吸抑制を起こしたのを見たことがあります。モルヒネは、静脈注射などで急にモルヒネの血中濃度を挙げると確かに呼吸抑制が起こります。モルヒネを使うと息が止まる危険な薬だという認識は、このような使い方をしていた時代のなごりでしょう。
痛み止めは大きく2種類
“がん”疼痛のコントロールは非ステロイド系抗炎症鎮痛剤、通称NSAID(non-steroidal anti inflammatory drugs:エヌセイドと読む)と医療用麻薬のモルヒネが中心となります。もちろん、抗痙攣剤、抗うつ剤、ステロイド、抗不整脈の一種などが鎮痛補助剤としても使われますが、先に述べた2つが基本となります。
製薬会社の調査でがん治療に携わる医師の10人に1人が医療用麻薬を痛み止めとして使うことに「躊躇する」、さらに、日本は医療用麻薬の使用量がアメリカの1/20である旨が報告されていました。現在、がん性疼痛コントロールのためのガイドラインといったものも存在することもあり、以前に比べると私個人としては、最近はモルヒネを痛み止めとして上手に使用する医師が増えてきた印象を持っていたこともあり、調査結果の内容に「へぇー」と、正直驚いているところもあります。
医師の中に、モルヒネの使用を躊躇する理由として、まず挙げられるのは使用経験が少ないといったことが考えられます。われわれ、医療の世界は、ただ単に教科書から得られる知識では対応できない、つまり、知識を得るための“勉強が足らない”では済まされない、経験に裏付けされたモノが大きく意味をなしてくることが少なくありません。
外科医は、がんの患者さんの再発症例を診ることも多く、モルヒネを使用する機会も多いため、モルヒネの使用に抵抗のない医師が比較的多いのではないでしょうか。また、モルヒネの使用法は、本やガイドラインを読んだりして基礎知識を得ることは確かに大切だし、必要なことですが、その知識を裏付けるのは先輩医師が実際に行っているのをみたり、実際に自分で手探りにやってみたりとした経験に基づくモノです。
もちろん、未だにモルヒネを使うと寿命が短くなる、呼吸抑制がでる、薬剤耐性・習慣性が出現する、いずれ効かなくなるなどのまちがった認識がその使用に制限をかけている可能性はありますが、それらは臨床経験により払拭できる内容と考えます。
モルヒネの量はオーダーメイド -個人個人で違います- 「痛みが取れない」といった患者さんの訴えを実際に聞くにあたり、よくよく処方内容を拝見させて頂くと、主治医がもう少しモルヒネを増量していいのではないかという症例が少なくありません。モルヒネの増量を躊躇しているように感じられます。確かに、教科書的にはモルヒネの投与量には上限が無いのですが、殆どの場合180〜200mg/日以下の投与量で疼痛コントロールができることが多く、それ以上の投与量の世界に踏み込んだことがないため、“未知の世界”として二の足を踏んでいるのかもしれません。
知識だけではなく、経験を通さないとわかり得ないこともあり、腰が引けるのかもしれません。参考までに私は1,600mg/日あたりまで増量して癌性疼痛をコントロールした経験がありますし、もっと多量に必要とした症例も報告されています。
患者さんサイドとしては、担当医がモルヒネの使用法に詳しくない場合、疼痛コントロールをスムーズに行う方法として、ペインクリニックや痛み外来を受診して薬の内容を見繕って貰うのが早道だとおもいます。医療の世界は現在専門性で細分化されています。その是非は別にして、“餅は餅屋に”まかせるということも必要で、痛みをコントロールするのに巧みな医者を利用すればいいのです。“医者と何とかは使いよう”です。もっと、自由に医者を利用しましょう。
「モルヒネを使うようになった」は病状の進行?
また、患者さんの中には、モルヒネを使うことにより、“病状が一歩進んだ。”、“モルヒネを使わなくてはならない状態になってしまった。”とネガティブにとらえる方がおられます。そのことを、「認めたくない」ために、モルヒネを飲まない方も時に見受けられます。
痛みの状態と、病状の進行度は必ずしもパラレルではありません。“がん”が進んだのではないかという心情は理解しますが、実際にはモルヒネを導入することにより、日常生活の中で痛みから解放されるため、総合的な利点の方が増えると考えて下さい。ここでも医療の目的は“良い時間を一番長く”であるという医療の原点に立ち返ることです。
痛み止めは身体に悪い?-流言飛語に惑わされないこと-
そのほか、よく耳にするのは、多くは患者周囲の“野次馬”の無責任な発言・アドバイスによる“痛み止めは身体に悪い”“使いすぎると身体に良くない”といった流言飛語の類です。それを医師の指示よりもそちらの方を患者さんが信じてしまっているため、医師の指示どおりに服用してもらえないことが問題になります。特に、医療麻薬(モルヒネ)は使用に際して、
- 時間を決めて使用する(例えば12時間毎であれば正確に7時と19時に服用するというように)
- 次の痛みが生じないうちに次の痛み止めを使用する(薬剤の総量を減らすため)
といった2点がとても大事になりますから、薬の使用を自己判断でとばしたり、止めたり、頓服使用に切り替えたりすると疼痛コントロールのプランニングすべてが台無しになってしまいます。痛み止めの使い方に疑問がある場合は、主治医に直接相談して対応するのが一番です。痛みに関しては、遠慮無く主治医に相談しましょう。そのために病院にいくのですから。
確かに、痛み止めには副作用が無いわけではありません。モルヒネの副作用として多いのは便秘と嘔気です。便秘に関してはほぼ必発と考えているため、モルヒネ投与を始めた時点で普通は下剤を一緒に投与されているはずです。また、嘔気に関しても吐き気止めを服用することによりかなり症状は軽減され、おおくの場合1週間くらいで吐き気は収まります。副作用を経験すると「やっぱり、痛み止めは身体に悪い」と思うこともあるかもしれません。
しかし、モルヒネを使用する際には、起こりうる副作用を十分承知の上で、その対応策を考えた上で使用しています。癌の疼痛管理では、痛みのコントロールを第一に考え、それに派生しておきる臨床症状は他の方法で押さえ込むということです。ですから、勝手に薬の飲み方を変えてしまうと逆に痛みのコントロールの為に描いていたプランニングがすべて狂ってしまうことの方が全体としてはマイナスが大きいのです。
ここで、モルヒネを使用している患者サイドからモルヒネの調節のため医師に与える情報で大切なポイントは以下の2点です。
- 現在の量で痛みが無くなるか否か。
- 痛みが消えているとしたら、その持続時間は何時間くらいか。
この2点は、モルヒネの処方量を設定するのに非常に重要なポイントです。これらの情報があるだけで主治医はずいぶんと患者さんの痛みのコントロールを考える上で対応しやすくなりますので、この2点だけは、主治医に正確に伝えるようにしたいものです。つまり、モルヒネ投与で痛みが取れない、次の投与予定時間まで効果が持続しないということは、初めに投与するモルヒネの量が少ないことを意味しています。つまり、前述した2項目はモルヒネの最適量の設定のための重要な情報なのです。
-モルヒネはシャブ(覚醒剤)ではない-
患者さんが、モルヒネを使いたがらない、あるいは使用量を増やすのをいやがる理由として次のようなものもありますので一応御紹介。モルヒネは確かに麻薬なのですが、麻薬という言葉の響きから、患者さんの中には覚醒剤(シャブ)と間違えておられる方がおられます。刑事ドラマの影響ですかね。そういう方に、
「痛みを取るために、麻薬系のお薬を追加してみましょう。よく効きますよ。」
とお話すると、
「えっ、イヤ、先生、もうチョットがまんしてみます・・・。」
といった反応です。こちらは、すぐにピンと来て、
「シャブ中(覚醒剤中毒)になると思ったでしょう?」
と聞くと、
「ええ、まぁ・・アハハ・・」
という感じです。
ここで、ハッキリさせておきましょう。医療用麻薬、モルヒネは覚醒剤ではありません。がん性疼痛のある患者さんに麻薬を投与しても、中毒は起こしません。モルヒネは、がん性疼痛に対して非常に有用性の高い安全に使える薬であることを覚えておいてほしいと思います。その使用を感覚的に怖がり、痛みをわざわざ我慢する必要はまったくありません。中毒になるという懸念は捨てて下さい。