連載「がんの休眠療法」第13回 高齢者と休眠療法(中編)治療方針「ナニもしない」|がんの外来治療(腫瘍内科・緩和ケア内科)と内科・外科・呼吸器科の銀座並木通りクリニック

がんと共存して長生きを

連載「がんの休眠療法」第13回
高齢者と休眠療法(中編)治療方針「ナニもしない」

こちらの記事は中編です。前編はこちらをご覧ください。

大学や総合病院などの基幹病院では、1人の医師がすべて自分1人で治療方針を決めているのではなく、週に1~2回ほどのカンファレンス(診療会議)で患者さんの医療情報を皆で分かち合いながら決めています。もっとも、治療方針の最終決定をするのはその部署の長です。

さて、そういったカンファレンスで、
「じゃぁ、ナニもしないということで……」

というのが、高齢者の進行がん患者さんに対して少なからず下される治療方針です。

現在の標準治療は外科切除・抗がん剤治療・放射線治療が3本柱となっていますが、高齢者の場合、体力の低下や認知症(ボケ)の問題、腎機能や肝機能が低下しているといった併存疾患などの理由で治療に対するリスク(危険度)が上がるために、特に外科切除・抗がん剤治療の2つは治療の選択肢から外されることがあります。3本柱の1つの放射線治療は、高齢者にも比較的導入しやすい治療法ですが、何でもかんでも放射線で治療というわけにはいきません。結局、お年寄りであるが故に提供できうる治療法がないために、治療方針“ナニもしない”となるのです。

医者はダレだって、治療で患者さんを苦しめようなんて思っていません。しかしながら、患者さんが高齢者の場合、良かれと思ってやった治療が逆に足を引っ張ることが確率的に高くなります。「やらなきゃよかった」と思っても後の祭り、後悔先に立たずです。

たとえば、高齢者の手術でがんは取れた、でも術後の回復が悪く足腰が弱って歩けなくなった・寝たきりになった・死んじゃった、というのは今でも決して珍しい話ではありません。

私も外科医として、手術をしたためにかえって日常生活の質を落としてしまったり、寝たきり老人にしてしまった患者さんが過去におられます。もう少し患者さんの年齢が若ければ、なんの問題も起こらないはずの手術なのに、ご高齢であったが故に術後の回復が思わしくなかったということです。

ほかにも、
「とにかくがんを取ってくれ」
と、手術を嫌がる年老いた親の手術を子供さんに押し切られて行った経験もあります。

「そこまで言うなら、やってみましょう」と切除に踏み切りましたが、案の定、術後にトラブル発生、肺炎で亡くなられました。抗がん剤治療も同様です。副作用でヘロヘロになっちゃった。治療したら弱っちゃった、場合によっては死んじゃった。

「おじいちゃん、がんはそのままだけど、治療しないほうが全然元気じゃん」
ということです。

年老いた父親、母親のがんをただ闇雲に叩くコトが必ずしもいいこと、親孝行ではありません。治療を受ける患者さんご本人も“老いては子に従え”ではダメです。イヤなモノはイヤでいいのです。がんは何がなんでもやっつけなくてはいけないという、先人観を状況に応じて捨てることです。永遠の命の方はおられません。そして、がんはあってもすぐには死にません。やろうとしている治療・やっている治療が人生の最後の辺りの時間帯をつらい時間にすることにならないか、命を縮めることにならないかをよく考える必要があります。医療の日的である「良い時間をいちばん長く」の原点に立ち返るということです。

医師 ― 患者間の意識のギャップをどうするか

ところがここでの問題点は、医師サイドの思いと患者サイドの思いのギャップが浮き彫りになるところでしょう。つまり、何歳になっても、
「まだ生きたい」
「もう少しなんとか……だから何か治療を」

と考えているお年寄りはたくさんいます。標準治療という枠のなかで「ナニもしない」ことが最善の治療であるということを患者さんやご家族に“わかっていただく”ことは意外に難しいのです。しかしながら、がんなのに治療は“ナニもしない”という精神的重圧に年齢は関係ありません。また、そこ“ナニもしない=見捨てられた”と感じることにもつながります。現在の標準治療は、まだ生きたい・治療をしたいというお年寄りを篩にかけることになり、“高齢者がん難民”をつくり出している側面があるのは事実です。

治療の主役は患者さんです。ヒトの生き方・死に方を決めるのは医者ではなく、患者さん本人が決めることです。しかしながら、現実の医療システムのなかでは、標準治療以外の提供・呈示は難しいため、どうにもしがたい臨床現場の医師の葛藤は理解すべきです。以前は、その葛藤のなかで私自身ももがいていたのは間違いのないことですから。

今は少し違います。正直、休眠療法を知ってから楽になりました。標準治療、特に標準抗がん剤治療で対応できないご高齢の方でも、少ない抗がん剤投与量で行う休眠療法でなら対応可能です。

たとえば、高齢を理由に治療はないと言われた80歳の患者さんでも、
「がんはあってもいいじゃないですか。とりあえず、引き分け目指してがんとおつき合いしながらまずは来年81歳になるという作戦でどうです?ソレをクリアしたら次は82歳ですよ」
といった感じで治療に入ります。

当院には、標準抗がん剤治療を断られたご高齢の患者さんが少なからずおられますが、そのなかで、休眠療法を行った最高齢は90歳の方です。

主治医からは、
「もう、十分生きたでしょう?」
と言われました。

しかし、十分かどうかは、患者さんご自身が判断されることです。少なくともこの90歳の方は、
「まだまだ」
と思われたため、治療を希望し当院を受診されたということです。

ここで、少ない投与量とはいえ抗がん剤はやはり“毒”ですから、ご高齢の方はやはり注意しながら執り行います。抗がん剤は元々、1940年代にドイツ軍が開発した毒ガスを起源とするモノです。今でも、抗がん剤の本質は当時から変わることなく“毒”です。ですから抗がん剤治療とは、“毒”をうまく“薬”と調節しながらがんと闘おうというコンセプトです。低用量とはいえ、抗がん剤はやはり“毒”としての性質と無縁ではないため、お年寄りでは特に注意を配りながら執り行います。

さて、90歳の患者さんですが、低用量とはいえ最初はドキドキです。いつもよりもさらに少量から、様子を見ながら開始しました。治療効果はさておき、投与可能でした。副作用もありませんでした。ご高齢の患者さんでも休眠療法での治療継続は可能です。

次回(「高齢者と休眠療法(後編)」)は、実例をお見せします。

月刊誌「統合医療でがんに克つ 2009.7 vol.13」より

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