連載「がんの休眠療法」第9回
腫瘍マーカーと休眠療法(中編)
前回の続きです。がん細胞が順当にねずみ算式に増えると腫瘍マーカーもねずみ算式に増加して、グラフは突き上げるような放物線を描くことをお話しました。休眠療法の目的は、少なめの抗がん剤でいかにこのネズミ算式に増殖しているがん細胞にブレーキをかけて、現状維持、引き分けに持っていってやろうという試みと見ていいでしょう。
さて、がん細胞の増殖にブレーキがかかると、放物線を描いていたグラフはどのような形に変化するでしょうか。大きく3パターンに分かれます。
(1)直線上昇型、(2)横ばい型、(3)下降型、デス。
それぞれの例を挙げながら考え方を見ていきます。
1.直線上昇型 (治療がチョットは効いている?パターン)
がん細胞が順当に増えている場合は突き上げる放物線になるので、腫瘍マーカーが上昇しているとはいえ、直線的に上昇する場合はがん増殖に多少なりとブレーキがかかっているのではないかと考えることができます。
図1は79歳の左肺がん、両側肺転移の患者さんです。ご高齢でもあり、副作用の極力少ない治療をということで休眠療法を始めました。レジメンはTS180mg/body隔日投与+シスプラチン10-20mg/body/週で開始しました。毎月の腫瘍マーカー測定でジワリと値が上昇します。シスプラチンをジェムザール200mg/body/週に変更したりしましたが、やはり上昇傾向です。
しかしながら、今のところその上昇の仕方は直線的です。胸部CT所見は著変なしといったところです。がん細胞の増殖にブレーキがかからないときは放物線を描くように腫瘍マーカー値も上昇するので、多少は腫瘍増殖にブレーキがかかっているのでしょう。
患者さんとしてはマーカー値が増えていることは不本意でしょうが、放物線状に増えていないところで、現時点の腫瘍マーカーの動きで見る限り延命に寄与しているのではないかと捉えられるのです。副作用なく、腫瘍マーカー増殖に制御をかけていると考えられるので、「いい時間を確保」はできているだろう。
しかしながら、私が根治の難しいがんに対する治療法として導入している休眠療法は引き分けを目指しているため、もう一捻り欲しいな、というのが本音です。そこで、投与薬剤の増量・変更を試みたり、ステロイドや漢方薬を補助剤に使ってみたりと、治療内容を調整することになります。
2.横ばい型 (引き分けパターン、休眠療法の目指すところ)
治療を受けている患者さんはもちろんのこと、治療を提供している医療サイドも何とかがんが征圧できればという思いで治療をしています。
しかしながら、進行がん、再発がんなど根治・完治の難しいがんでは、そういった思いに対して結果がついてこないことは多々あります。治療の反応がいまひとつの場合、結果の追求のあまり、ムチャな治療で自分の身をボロボロにしてしまうこともありますので注意が必要です。
そういった意味では、がんの治療には落としどころが必要です。
まずは治療の目標をどこに置くか、現実を直視して考える必要があります。私は根治・完治の難しいがんの場合、「まずは引き分けでヨシ」を最初の落としどころにして治療に入ります。それ以上の効果が得られればラッキーと捉えるくらいの認識から始めています。
確認ですが、私は「根治・完治が可能な病態でも引き分けを目指せ、がんと共存しろ」、ましてや「標準治療を否定しろ」と言っているのではありません。あくまで再発がん、転移がんなど根治の難しい病態のがんに対してどのようにおつき合いしていきましょうか、対応しましょうかという現実的な話です。
腫瘍マーカーに話を戻します。消化器がんでよく使用されるCFAは5.0ng/ml以下、乳がんのCA15-3は30U/ml以下といったように、個々の腫瘍マーカーには正常値が設定されています。腫瘍マーカー値は体内のがん細胞量を間接的に表しますので、腫瘍マーカー値の高い患者さんは皆その値をなんとか正常値に戻したいと考えます。しかしながら、うらはらに、皆が皆、治療に反応して腫瘍マーカーが下がったり、正常値化するわけではありません。
また、治療に反応して正常値になっていたのに、値がまた上昇してきて気が気でないというのも珍しいことではありません。では、腫瘍マーカーが高い患者さんに与えられるのは絶望なのでしょうか?
いえいえ、図2をご覧ください。60歳代の大腸がん、転移性肝腫瘍の患者さんです。標準抗がん剤治療での治癒が見込めず、元気なのに緩和病棟を勧められたというよくあるパターンです。
さて、この方の腫瘍マーカーCA19-9を見てみると、7000U/mg台(正常値は35U/ml以下)と非常に高値です。4桁です。値だけ見るとギョッとします。
ところが患者さんご本人はいたって元気。あとは緩和治療と言われましたが、体調が悪いわけでもなく、今のところ痛くもかゆくもありません。ご飯もおいしく食べられます。先日、旅行にも行ってきました。
「がんは治らなくてもいい。そっと今のままなら、今の生活が続けられる」
そう考えるようになり休眠療法を始めました。
確かに腫瘍マーカーの値が高い場合、身体の中にそれなりのがん細胞数が存在していることは間違いありません。しかしながら、身体の中のがん細胞の数が一定、つまり増えもせず減りもせずという引き分け状態の場合、腫瘍マーカー値もほぼ一定で推移し、グラフは横ばいになります(図2)。がんが増えるからマズイのです。がんは引き分けなら死にません。だから、引き分けは勝ちと同じデス。
いずれにせよ、この図からは2つのことが言えそうです。
- 腫瘍マーカー、高くてもいいじゃないか、横ばいなら。
- 腫瘍マーカー、高くてもいいじゃないか、元気なら。
腫瘍マーカーと休眠療法(後編)に続きます。
月刊誌「統合医療でがんに克つ 2009.3vol.9」より
当院ではがん電話相談(無料)を実施しております
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月刊誌「統合医療でがんに克つ」連載 がんの休眠療法
- 第1回 がん難民救済のカギ 止まらないがん難民の発生
- 第2回 がんと引き分けなら死なない だって今生きているから
- 第3回 休眠療法はエビデンス(根拠)がない治療?
- 第4回 この転移がん、切るべきか切らざるべきか・・・
- 第5回 がん治療における最強タッグ・脳外科医との連携
- 第6回 キャンサーワールドはミステリアス
- 第7回 がん休眠法と分子標的治療薬
- 第8回 腫瘍マーカーと休眠療法(前編)
- 第9回 腫瘍マーカーと休眠療法(中編)
- 第10回 腫瘍マーカーと休眠療法(後編)
- 第11回 がん休眠療法と免疫療法
- 第12回 高齢者と休眠療法(前編)
- 第13回 高齢者と休眠療法(中編)
- 最終回 高齢者と休眠療法(後編)